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2018.4.18|住宅改修

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4-08

小さい頃、
わたしはお父さんに対して不満がありました。

おれは、お父さんに誉めてもらった記憶がないのです。

お父さんの言葉で覚えているのは、
「好きにしたらえぇ」「お前やったら大丈夫や」くらいのものです。

わたくしにはそれがお父さんから見放されているような感じがして、
一人ぼっちで心細く、寂しくて惨めな気持ちを感じ、
「誉めてほしい」「教えてほしい」「支えてほしい」といった思いが
満たされることはありませんでした。

そして、
「パパは私のことがあんまり好きじゃないんだ、
だから18時も日曜日も家にいないんだ」
「父親が誉めてくれないのは、おれがダメだからなんだ」
と感じていました。

大人になった今では、
それが真実ではないことを頭で理解することができますが、
それでも、
心では「愛されていたんだ」と感じて納得するまでには
至っていませんでした。

ところが、
すごく重大なことに気づいたのです。

誉められたことがなかったかもしれないけど、
否定されたこともなかったのです。

結構な放蕩むすこであると自覚があるくらいですから、
パパにとって、眉をひそめるようなことが何回もあったことでしょう。
意見したかったこともたくさんあったでしょう。

にもかかわらず、
一度もないと断言してもいいくらい、
否定されたことがないのです。

パパがわしに言うのは、
「好きにしたらえぇ」だけ。

「否定されていなかった」
それは、
「私を傷つけた」「俺に寂しい思いをさせた」
「おいらに自信がないのはパパのせいだ」
「僕の求めるパパではない」と、
心の中で何百回何千回とさんざんお父さんのことを否定し、
責め続けてきたわたくしにとって、
雷に撃たれるくらいの大きな衝撃でした。

「否定しない」
それが、お父さんの愛だったのです。

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